井草幼稚園には古い貴重紙芝居が七十余冊保存されています。
「紙芝居」は日本が生んだ独自のメディア文化で、諸外国でも、「kamishibai」としてその視聴覚効果が認識され、活用が試みられつつあります。
そのルーツは、江戸時代の見世物「立ち絵」や「のぞきからくり」、さらにはそれ以前の「絵解き」「絵巻物」等にさかのぼることができますが、紙芝居自体の誕生は昭和初期で、決して古い歴史ではありません。しかも初めは飴売りの街頭紙芝居として、世間では、芸術的・教育的価値の無い、子ども相手の低級娯楽という見方をされていました。
その「紙芝居」を、学校・幼稚園・寺院などにおいて「教材」としての地位を確立すべく「教育紙芝居」と銘打ち、私財を投じて尽力したのが、高橋五山(1888〈明治21〉~1965〈昭和40〉年)でした。紙芝居を宣伝・販売営業しに幼稚園や保育所を訪問すると、「私の園では、良家のお子さまばかりお預かりしていますからねえ」と、辛らつな断られ方をしたという、今となっては信じがたい話しが五山先生の資料に残っています。
現在も五山の名は、紙芝居の芥川賞とも言われる新作紙芝居の表彰制度「高橋五山賞」として、1961年以来続いています。
当園所蔵の貴重紙芝居の数々
さて、当園の保存棚に眠る貴重紙芝居の多くも高橋五山の制作によるものです。
五山が下落合の自宅に紙芝居制作会社「全甲社」を設立したのは昭和6(1931)年のこと。同社の活動が本格的に開始する頃と井草幼稚園の創立時期が重なっています。このことで当園に多くの五山作品が残されているものと思います。
ある時、当園ホームページから、ここに古い紙芝居があることを知り、訪ねて来られたのは、その後すぐに、五山が創業した全甲社を復活させることになる高橋洋子氏で、それがご縁となり、当園保存の五山紙芝居の復刻も新生・全甲社によってなされました。
高橋洋子氏は研究者としても紙芝居に関して次々と論文・出版をされ、中でも、2016年刊行された、『教育紙芝居集成』(国書刊行会)は一般社団法人・日本保育学会の第54回(平成30年度)保育学文献賞を受賞しました。この書著収録の紙芝居写真資料の6割に、井草幼稚園保存の高橋五山の貴重紙芝居が使われています。
また、直近では2020年5月刊行、森 覚・編『メディアの中の仏教』(勉誠出版)第三章「高橋五山と仏教紙芝居-勢至丸様を中心に-」を執筆され、ここでは現在、井草幼稚園でしか保存が確認されていない貴重紙芝居『勢至丸様』(=法然上人の幼少名)発刊をめぐる論攷がなされています。
今後さらに当欄で、五山紙芝居のこと、高橋洋子氏の研究成果についてご紹介していきます。(2020年7月記)